36歳のリアル

2月19日、36歳になりました。
自分のこととして、自分が生まれたという直接的な意味で嬉しいということはいつからか感じなくなった。
ここ何年かで誕生日を迎えるたびに思うことは、自分の親が僕を生み育て36年経ったということ。
親年齢が36歳になったのだということ。
そのことが僕自身の誕生日よりも僕にとって嬉しく、ありがたい。

とある年の誕生日にふと思った。
「自分の誕生日っていうのは、自分の親が親として生まれ育ってきた年齢でもあるのだな」と。
たった一人の息子ではあるが、今日まで大変だっただろうか。
今もまだ大変だろうか。
それは僕がこれから親にならなければ、親になって36年という年月を迎えなければ味わえない。
親年齢36周年の喜びも苦悩もまだまだ味わえない。
「こんなに大変だったんだ」って。
「こんなに幸せなことあるんだ」って。
そんな日が来ることを思いながら、その思いを親と語り、共有できるような瞬間が訪れれば、極上の瞬間になるだろうか。
今日まで何事もなく、健康でやってこれたのは親のおかげというしかない。
この場を借りて本当にいつもありがとうございます。

僕自身、年齢は全く気にしないほうなのだが、36歳というこの年齢を区切りに、また新しいターニングポイントを迎えているような気がしている。
テレビのニュースやネットの記事、書籍コーナーなどでも『36歳』というワードが含まれたタイトルや作品がよく目立つ。
自分が36歳だからその数字が妙に目に付くだけなのかもしれないが、それを見つけるのも今年のテーマのひとつと思っている。
『36歳とは何か』ということ。

今年も去年より多く深く経験を積みたいと思っている。
そしてそれを様々な形で『アウトプット』していきたい。
こうして文章におこすことももちろん、写真や動画ももっと上手に、自分の目で見えているもの、脳内のイメージにあるものを出せるようにしていきたい。
こればかりは経験の積み上げしかない。
好きだからやる。
それだけでいい。

お金よりも時間を大切にしたい。
一日24時間、自分がやりたいことをやりきる。
今はただの遊びに過ぎないことも自然と仕事に変わっていったらと思う。
仕事と意識できないレベルまで遊び尽くしたい。
『徹夜で仕事をする』と辛いが、『徹夜で遊ぶ』と楽しい。
寝る間も惜しい。
その感覚を大事に、時間を大切に。

時間とお金が許す限り多くの土地へ行き、自分の目でたくさんの物を見たい。
その土地に住む人ともふれ合ってみたい。
食事ももちろん、歴史的な場所も楽しみたい。
そこで僕の中で何かに気付きたい。
「やっぱり日本って最高だな」でもいい。
失敗やピンチでもいい。
「それを切り抜ける自分、イケてるな」でもいい。
とにかく経験を噛み締めて味わうこと。
そしてそれを人に伝えよう。
ありとあらゆる手段、できるだけの手段を使って。

知ること、興味を持つこと、考えること、調べること、全てを動きながら。
必ず何らかのかたちで、自分の言葉や表現で人に伝えること。
その価値観、アンテナにお互いかかる人がいたらその人をよく知ろう。
自分のことを知ってもらおう。

人生はきっとそんなに長くない。
きっと何かを待っていてはくれない。
36歳の僕も大きな人生設計は立てれないし、立てない。

一瞬一瞬を刻みつけていこう。

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