ビジネス村の人たち

何かにつけてビジネス的な視点と観点で物事を見たり捉えようとする人たちがいる。
そのような人たちのことを『ビジネス村の人たち』と呼ぶことにしている。

例えば、僕がこのnoteをやっていることをある友人に話したとする。
その友人は僕に聞く。
「それは儲かるのか?」と。
僕は言う。
「儲かるとかじゃなくて、文章書くの好きだからやってるんだよ。」
彼は何か閃いたように、「じゃあ文章を作ってライティングに活かすということ?」と聞いてくる。
もしそんなことがあれば挑戦してみることもやぶさかではないが、やはり違う。
「いや、違うんだ。ただ文章書きたいだけなんだ。」と友人に伝えるが、やはりしっくりきていないようだ。
怪訝そうな顔をしている。

そのような具合に、『ビジネス村の人たち』は、人や自分のやる事なす事がビジネスに直結していないと気が済まない。
そしてそのビジネスが面白そうであれば何か乗っかりたい、あるいは何か穴があれば指摘したいと目を光らせている。

『ビジネス村の人たち』にとって、時間とお金はとても大事なものだ。
何かにつけ自分の利益を考えているし、当然出来るだけ損をしないことを考えている。
だから彼らにとって、『何のために』それをやっているのかということがとても重要になる。
子どものように何かに夢中になって『好きだからやる』という無垢な精神はおそらく伝わらないように感じる。

これはそのような『ビジネス村の人たち』を否定するものではない。
僕も今より夢中になって仕事に励んでいた時、趣味を楽しんでいる友人や会社の部下を見るにつけ、『何のために』とよく思ったし、少し見下したような気持ちもあった。
「時間があるなら出来る限り働いて金を稼ぐべきだ」と。
僕の場合、自分の仕事に没頭するあまり、ただ周りが見えなくなっていただけなのだ。
仕事以外に自由に時間を使える人たちをどこかで羨んでいたのだと思うし、そちらに意識を引っ張られないよう自分を厳しく戒めていたような節がある。
その時はそれが大事だと思っていた。

確かに自分のやる事なす事がビジネスになってお金になれば嬉しい。
ただ、利益を狙いに行くとしたら、このnoteというサービスに限ってはマネタイズが遠い。
僕のようなその他大勢のひとりに付けられる価値などまだ何もない。
そもそもの認知度もなければ、外部に仕掛けや紐付いた施策も何もない。
今のところ、ただ書いている。
それが自分にとって、ただ楽しい。
ただの自己満足なのだ。

僕は仕事を前職を辞めてから旅行が楽しみになっていて、今年も台湾、バンコク、クアラルンプールへ行く予定だ。
いずれもビジネスの都合は一切ない。
完全な観光旅行だ。

さらに僕は最近写真や動画を撮ることにハマっている。
これも自分で眺めて楽しんだり、SNSに上げて友人や見知らぬ人からのリアクションを楽しむものだ。
こちらも完全な自己満足だ。

つまり僕が言いたいのは、あらゆることに感度が高くビジネスに紐付けることも素晴らしいし大事なことなのだけど、なんでもビジネスに結び付けなきゃいけないと窮屈になる必要もないということだ。
そして、利益不利益関係なく、純粋に楽しもうとしている人たち、楽しんでいる人たちがいるということ、それを理解しなくてはならないということだ。

まずは楽しむこと。
面白がること。
ビジネスにするかしないかはともかく、それが一番大切なのではないだろうか。

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